書類が完璧でもアウト?助成金の審査基準「完全シフト」の裏側と、会社を潰さないための正しいコンプライアンス

杉山 晃浩

2026年2月25日、全国の中小企業経営者に衝撃を与えるニュースが報じられました。組織コンサルティングを手がける有名企業が指南役となり、国の「人材開発支援助成金」が全国規模で不正受給されていた、いわゆる「エッグフォワード事件」です。

被害規模は全国30都府県の191事業所に及び、不正受給の総額は約20億円にも上ると推計されています。この事件は、決して遠い大企業の話ではありません。明日は我が身かもしれない、身近に潜む大きな罠です。

本記事では、この事件の裏側にある「巧妙なカラクリ」と、それを機に完全にフェーズが変わってしまった労働局の「厳格審査」の実態、そして経営者が大切な会社と従業員を守るために取るべき正しいコンプライアンスについて、詳しく解説します。


第1章:「実質負担ゼロ」の甘い罠と事件の本質

そもそも「人材開発支援助成金(人への投資促進コースなど)」をはじめとする雇用関係の助成金は、「企業が自らの持ち出し(経費)で、従業員の成長のために投資をすること」が大前提の制度です。国はその企業の自助努力に対して、後から経費の一部(45%〜60%など)を助成金としてサポートしてくれます。

つまり、「企業の自己負担」が発生して初めて成り立つ制度なのです。

しかし、今回の事件で使われたのは、この大前提を根底から覆す「資金還流(キャッシュバック)スキーム」でした。

手口は非常に巧妙です。

  1. まず、企業は研修会社に対して正規の高額な研修費用を振り込みます。

  2. しかしその裏で、研修会社から企業へ「営業協力費」や「業務委託費」といった全く別の名目で、多額の資金がキックバックされます。

  3. 結果として、企業は「実質的な自己負担ゼロ(あるいはプラス)」で研修を受けられ、後から国から助成金を満額受け取ることができる……という錬金術です。

経営者がこの罠にハマってしまう理由は明確です。「有名なコンサルティング会社からの提案だから安心だろう」「コストをかけずに社員教育ができるなら」という、経営者としてのコスト削減の心理と、専門家風の甘い言葉への信頼を突かれたのです。しかし、これは明確な「詐欺的行為」に他なりません。

第2章:最大のパラダイムシフト。「形式審査」から「厳格審査」への完全移行

今回の事件が実務に与えた最大の影響は、労働局側の審査スタンスが根本から変わったことです。

過去の「形式審査」の時代 これまでの助成金審査は、極端な言い方をすれば「書類の辻褄が合っているか」を見る形式審査の側面が強くありました。

  • 研修費用の請求書と領収書があるか

  • 銀行の振込明細があるか

  • 従業員の出勤簿や賃金台帳に矛盾はないか これらの書類が完璧に揃っており、表面上の支払いが確認できれば、比較的スムーズに審査を通過していた時代がありました。今回の不正スキームも、長らくこの「書類上の完璧さ」によって発覚を逃れていました。

現在の「実態・キャッシュフロー重視の厳格審査」の時代 しかし、行政側も度重なる不正に本腰を入れ始めました。現在では、単なる書類の整合性チェックから、「お金の実際の流れ(キャッシュフロー)」と「事業の客観的実態」を執拗に追及する厳格審査へと完全にシフトしています。

  • 「研修費用を支払った直後に、別口座から不自然な入金がないか?」

  • 「申請企業と研修会社の間で、お金の不自然な往復(還流)がないか?」 必要であれば、決算書や通帳のより深い開示を求められ、少しでも実態に疑義があれば徹底的な調査が入ります。

「昔はこのやり方でも通った」「他の会社もこのスキームでやっているから大丈夫」といった過去の成功体験や、一部の悪質な業者の言葉を信じることは、今の時代、会社を倒産に導く最大の経営リスクとなっています。

第3章:知らなかったでは済まされない「致命的な経営リスク」と失われるもの

「コンサルタントに騙された」「違法だとは知らなかった」——。残念ながら、助成金の不正受給において、この言い訳は一切通用しません。指南された側であっても、最終的に申請のハンコを押した事業主(企業)に対して、容赦ないペナルティが課されます。

具体的には以下のような絶望的な状況に陥ります。

  1. 甚大な金銭的ダメージ 不正に受給した金額の「全額一括返還」に加え、「20%のペナルティ(加算金)」、さらに「年利3%の延滞金」を乗せて国に支払わなければなりません。手出しゼロのつもりが、数千万円単位の負債を突然抱えることになります。

  2. 向こう5年間の助成金申請停止 原則として5年間、あらゆる雇用関係の助成金が利用できなくなります。いざという時の国の支援策から完全にシャットアウトされます。

  3. 「採用力」と「従業員の信頼」の完全なる喪失(ここが最も致命的です) 労働局によって「不正受給企業」として企業名や代表者名が公表されます。これにより、銀行からの融資はストップし、取引先からはコンプライアンス違反を理由に契約を切られる可能性があります。 さらに深刻なのは、今後の採用活動への壊滅的な打撃です。今の時代、求職者は必ず事前に企業名をネットで検索します。「不正受給をした会社」「国のお金をだまし取った会社」というデジタルタトゥーが残れば、どれだけ良い理念を掲げていても、優秀な人材は二度と来てくれません。今いる従業員も、会社への不信感から次々と離れていくでしょう。

地域の未来を創る素晴らしい企業(たとえば、従業員の働きがいや採用定着に真剣に取り組む、地域に根ざした「三つ星」の価値を持つような企業)であっても、目先の誘惑に乗ったたった一度のミスで、これまで築き上げてきたブランドのすべてを失ってしまうのです。

第4章:経営者が会社と従業員を守るための「3つの防衛策」

では、この厳格審査の時代において、経営者はどのように身を守り、正しく制度を活用していけばよいのでしょうか。

  • 防衛策1:「実質無料」「持ち出しゼロ」の提案は即座に警戒する 助成金は「企業自らの持ち出し(投資)」に対する補助です。この原則から外れる「実質負担なし」の提案を受けた瞬間に、「これは違法スキームではないか?」と疑うリテラシーを持ってください。人材育成に「裏ワザ」はありません。

  • 防衛策2:外部の提案は、必ず専門家のセカンドオピニオンを通す 研修会社やコンサルタントから「絶対に合法です」「独自のノウハウです」と言われても、鵜呑みにしてはいけません。実行する前に、労務と助成金の専門家である社会保険労務士(特に特定社会保険労務士などの高度な専門知識を持つ専門家)に客観的なチェックを依頼してください。

  • 防衛策3:正攻法での「人への投資」と「強い組織づくり」に立ち返る 小手先の資金還流スキームで経費を浮かすことに労力を使うのではなく、真正面から従業員のための環境整備に投資しましょう。確固たる社内ルールの整備、企業型確定拠出年金(DC)のような本質的な福利厚生の導入、正当な評価制度の構築。これら「王道の取り組み」に対してこそ、国は正当に助成金を出してくれますし、結果としてそれが「採用に強く、人が定着する強い会社」を創り上げる最短ルートなのです。

おわりに

助成金は、ルールを守って正しく活用すれば、企業の成長スピードを劇的に加速させる強力なエンジンとなります。しかし、使い方を誤り、甘い罠に飛びつけば、会社を根底から破壊する猛毒にもなります。

「少しでも手続きに不安がある」「外部から魅力的なコスト削減の提案を受けたが、どこか怪しい」と感じたら、絶対に自社だけで判断せず、まずは信頼できる専門家にご相談ください。

正しい知識とコンプライアンス意識こそが、変化の激しい時代に会社と大切な従業員を守る最大の盾となるのです。

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