「今月多く働いた分は来月休めばいい」は危険!フレックスタイム制の清算計算で起きる未払い賃金

杉山 晃浩

「今月は忙しくて10時間多く働いたから、来月は10時間少なく働いてもらえばよい」

フレックスタイム制を導入している会社で、このような処理をしていないでしょうか。

社員から見ても、

「先月たくさん働いたので、今月はその分だけ早く帰ります」

という考え方は、いかにもフレックスタイム制らしく感じます。

しかし、この処理には大きな問題があります。

フレックスタイム制は、何か月先までも労働時間を自由に足したり引いたりできる制度ではありません。

会社は、あらかじめ定めた清算期間ごとに、実際に働いた時間と賃金を正しく清算しなければなりません。

清算期間内で多く働いた時間を次の清算期間へ回してしまうと、本来その月に支払うべき賃金を支払わないことになり、未払い賃金が発生する可能性があります。

一方で、労働時間が不足した場合には、賃金を控除する方法と、一定の条件の下で次の清算期間へ繰り越す方法があります。

つまり、フレックスタイム制では、

働き過ぎた時間と、働き足りなかった時間は、同じようには扱えない

のです。

今回は、経営者や給与計算担当者が間違えやすい、フレックスタイム制の清算計算について解説します。


フレックスタイム制は「毎日の残業をなくす制度」ではない

フレックスタイム制とは、3か月以内の一定期間を清算期間として、その期間に働く総労働時間をあらかじめ定め、社員が各日の始業時刻と終業時刻を自主的に決める制度です。

たとえば、清算期間を毎月1日から月末までの1か月とし、その月の総労働時間を160時間と定めたとします。

社員は、業務や生活の都合に応じて、

  • 月曜日は6時間
  • 火曜日は10時間
  • 水曜日は8時間

というように、日ごとの勤務時間を調整できます。

そのため、ある日に10時間働いたからといって、その日だけを見て直ちに2時間の時間外労働になるとは限りません。

清算期間が1か月以内のフレックスタイム制では、原則として、清算期間全体の実労働時間が法定労働時間の総枠を超えたかどうかによって、時間外労働を判断します。

ただし、ここで注意が必要です。

フレックスタイム制だからといって、残業代が発生しなくなるわけではありません。

また、深夜労働や法定休日労働まで、清算期間の中で自由に相殺できるわけでもありません。

フレックスタイム制は、あくまでも始業・終業時刻と日ごとの労働時間を柔軟にする制度です。

賃金の支払いまで自由になる制度ではありません。


「総労働時間」と「法定労働時間の総枠」は違う

フレックスタイム制の給与計算を難しくしている原因の一つが、似たような言葉が複数出てくることです。

特に間違えやすいのが、次の二つです。

清算期間における総労働時間

これは、労働契約上、社員が清算期間内に働くべき時間です。

フレックスタイム制における所定労働時間と考えると分かりやすいでしょう。

たとえば、

1日の標準労働時間8時間×月20日
=総労働時間160時間

という形で定めます。

法定労働時間の総枠

これは、清算期間内に法定労働時間として扱える上限です。

週40時間の事業場であれば、次の式で計算します。

40時間×清算期間の暦日数÷7

厚生労働省の例では、法定労働時間の総枠は次のようになります。

暦日数 法定労働時間の総枠
31日 177.1時間
30日 171.4時間
29日 165.7時間
28日 160.0時間

会社が定めた総労働時間が160時間で、実際に170時間働いた場合を考えてみましょう。

この場合、総労働時間より10時間多く働いています。

そのため、少なくとも10時間分について、追加の賃金清算が必要になります。

ただし、法定労働時間の総枠が171.4時間であれば、170時間はまだ法定労働時間の総枠を超えていません。

したがって、

  • 総労働時間を超えた分の通常賃金
  • 法定労働時間の総枠を超えた分の割増賃金

を分けて考える必要があります。

ここを区別せず、

「160時間を超えた時間は、すべて25%増し」

あるいは逆に、

「171.4時間を超えていないから何も払わなくてよい」

と処理すると、給与計算を間違える可能性があります。


超過時間を翌月へ繰り越してはいけない

最も注意したいのが、清算期間内の超過時間を次の清算期間へ繰り越す処理です。

たとえば、毎月1日から月末までを清算期間としている会社で、次のようになったとします。

  • 7月の総労働時間:160時間
  • 7月の実労働時間:170時間
  • 超過時間:10時間

会社が、

7月は10時間多く働いたので、8月は10時間少なく働けばよい

と処理したとします。

この方法は認められません。

厚生労働省は、清算期間に実労働時間の過剰があった場合、その超過分を次の清算期間の総労働時間へ充当すると、当該期間の労働の対価が賃金支払日に支払われないことになるため、労働基準法第24条に違反し、許されないと説明しています。超過分は、その清算期間内で清算しなければなりません。

つまり、7月に働いた10時間は、7月分の賃金として処理する必要があります。

8月の勤務時間を減らすかどうかは、8月のフレックスタイム制の範囲内で考える別の問題です。

7月の賃金支払いを8月の休日で置き換えることはできません。


「代休を与えたから残業代は不要」も危険

超過時間の翌月繰越しと似た考え方に、

多く働いた分だけ後日休ませたので、追加の賃金は必要ない

というものがあります。

しかし、後日休ませたことと、すでに働いた時間の賃金を支払うことは別です。

会社が任意に休みを与えても、前の清算期間で発生した賃金の支払い義務が当然になくなるわけではありません。

特に、前月の勤怠画面で超過時間をゼロにし、翌月の所定労働時間から差し引いている場合は注意が必要です。

勤怠システム上は数字が合っていても、賃金支払いの時期がずれている可能性があります。

フレックスタイム制では、

いつ働いた時間なのか

どの清算期間で支払うべき賃金なのか

を明確に分けなければなりません。


不足時間は超過時間と同じではない

では、総労働時間より実労働時間が少なかった場合はどうでしょうか。

たとえば、

  • 総労働時間:160時間
  • 実労働時間:150時間
  • 不足時間:10時間

というケースです。

厚生労働省は、不足時間の処理について、次の二つの方法を示しています。

  1. 不足時間に相当する賃金を控除する
  2. 不足時間を次の清算期間へ繰り越す

ただし、不足時間を次の清算期間へ繰り越す場合には、不足分を加えた次の清算期間の総労働時間が、法定労働時間の総枠の範囲内でなければなりません。あらかじめ法定労働時間を超えて働くことを予定する制度にならないよう、繰り越せる時間の上限を決める必要があります。

ここが、超過時間との大きな違いです。

  • 超過時間:次の清算期間への繰越しはできない
  • 不足時間:一定の条件で繰越しが可能

したがって、

過不足はどちらも翌月へ繰り越す

というシステム設定は、誤りにつながります。


不足したら、必ず給与控除してよいわけではない

不足時間については、もう一つ注意点があります。

社員の実労働時間が総労働時間に足りなかったからといって、すべて自動的に給与控除してよいとは限りません。

まず確認すべきなのは、なぜ不足したのかです。

たとえば、

  • 社員が自分の判断で必要な時間を働かなかった
  • 欠勤や無給休暇があった
  • 本人が打刻を忘れていた
  • 会社が仕事を与えなかった
  • システム障害で勤務できなかった
  • 会社が早く帰るよう指示した

これらをすべて同じ不足時間として扱うのは危険です。

社員本人の都合による不足と、会社側の都合による不足では、法的な取扱いが異なる可能性があります。

また、年次有給休暇を取得した日は、労使協定で定めた「標準となる1日の労働時間」を働いたものとして取り扱います。

年休取得時間を不足時間として集計していないかも、確認が必要です。

賃金控除を行うのであれば、

  • 就業規則
  • 賃金規程
  • 労使協定
  • 労働条件通知書
  • 不足時間が生じた原因

を確認したうえで、控除方法を統一する必要があります。


深夜労働と法定休日労働は別に確認する

フレックスタイム制では、清算期間内で日々の労働時間を調整できます。

しかし、次の割増賃金まで消えるわけではありません。

  • 午後10時から午前5時までの深夜労働
  • 法定休日の労働

たとえば、社員が本人の選択で夜11時まで働いたとしても、午後10時以降の労働には深夜割増賃金の問題が生じます。

また、法定休日に働いた時間を平日の不足時間と相殺して、

「清算期間全体では160時間以内だから割増は不要」

と処理することもできません。

勤怠システムでは、少なくとも次の時間を分けて集計する必要があります。

  • 清算期間の実労働時間
  • 総労働時間に対する超過・不足
  • 法定労働時間の総枠を超えた時間
  • 深夜労働時間
  • 法定休日労働時間

すべてを「フレックス超過」という一つの項目で処理すると、未払い賃金が生じる可能性があります。


3か月フレックスは、さらに計算が複雑になる

フレックスタイム制の清算期間は、最長3か月まで設定できます。

ただし、清算期間が1か月を超える場合は、清算期間全体だけを最後に確認すればよいわけではありません。

次の二段階で時間外労働を確認します。

  1. 1か月ごとに区分した期間について、週平均50時間を超えた時間
  2. 清算期間全体で、法定労働時間の総枠を超えた時間

清算期間が1か月を超える場合には、労使協定に有効期間を定め、所轄労働基準監督署長へ届け出る必要もあります。

たとえば3か月全体では法定労働時間の総枠内だったとしても、特定の1か月に勤務が集中し、週平均50時間を超えていれば、その超過部分は時間外労働として扱います。

しかも、その時間に対する割増賃金は、3か月の清算期間が終わるまで待つのではなく、その月に対応する賃金支払日に支払う必要があります。

「3か月後にまとめて清算する」という理解では、支払い時期を誤る可能性があります。


勤怠システムを入れても、設定が間違っていれば正しく計算されない

フレックスタイム制の給与計算は複雑なので、多くの会社が勤怠システムを利用しています。

しかし、システムを導入しただけでは安心できません。

システムは、設定されたルールに従って計算するだけです。

たとえば、次の設定が間違っていれば、毎月同じ給与計算ミスを繰り返します。

  • 清算期間の起算日
  • 総労働時間
  • 法定労働時間の総枠
  • 所定休日と法定休日
  • 深夜時間帯
  • 不足時間の処理
  • 翌清算期間への繰越し
  • 月途中の入社・退職
  • 年次有給休暇の換算時間
  • 端数処理
  • 給与システムへ連携する項目

特に危険なのが、勤怠システムでは10時間の超過が表示されているのに、給与システムには割増部分しか連携されていないケースです。

反対に、総労働時間を超えた時間をすべて法定時間外労働として扱い、必要以上の割増賃金を支払っている場合もあります。

未払いだけでなく、過払いも給与計算ミスです。

勤怠システムと給与システムの数字を、毎月突き合わせる必要があります。


よくある危険な給与計算を確認する

次の処理をしている会社は、フレックスタイム制の計算を見直した方がよいでしょう。

危険な処理1

今月の超過時間を、翌月の不足時間と相殺する

超過分は、超過が発生した清算期間内で賃金を清算する必要があります。

危険な処理2

総労働時間を超えても、法定総枠以内なら何も支払わない

総労働時間を超えた分について、通常賃金部分の追加支払いが必要になる可能性があります。

危険な処理3

不足時間は、理由を問わず給与から控除する

本人都合、年休、会社都合など、不足の原因を区分する必要があります。

危険な処理4

深夜労働も清算期間全体で相殺する

深夜割増賃金は、清算期間の総時間とは別に確認します。

危険な処理5

3か月清算なので、3か月後に残業代をまとめて払う

各月の週平均50時間超については、その月に対応する賃金支払日に割増賃金を支払う必要があります。


無料プレゼント「清算計算・未払い賃金リスク診断キット」

ここまで読んで、

「超過時間を翌月へ繰り越している」

「不足時間は自動的に給与から控除している」

「総労働時間と法定労働時間の総枠を区別していない」

「勤怠システムの設定は導入業者へ任せたまま」

「給与計算結果と勤怠結果を照合していない」

という会社もあるのではないでしょうか。

そこで今回、

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を作成しました。

このキットでは、20項目の質問から、次の5分野を確認できます。

  • 清算期間と総労働時間
  • 超過時間の清算
  • 不足時間の控除・繰越し
  • 1か月を超える清算期間
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回答すると、危険度を自動採点し、

赤信号・黄信号・青信号

で総合判定します。

さらに、総労働時間、実労働時間、法定労働時間の総枠を入力して、超過・不足や追加賃金を確認できる簡易シミュレーターも付けています。

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現在の勤怠システムと給与明細が、本当に一致しているかを確認するためにご活用ください。


フレックスの「柔軟さ」と、賃金計算の「曖昧さ」は別

フレックスタイム制は、社員が生活と仕事を両立しやすくする優れた制度です。

社員が始業・終業時刻を選べる。

忙しい日は長く働き、余裕のある日は早く帰れる。

通院、育児、介護にも対応しやすい。

こうした柔軟さは、採用や定着にも役立ちます。

しかし、働き方が柔軟だからといって、賃金計算まで曖昧にしてよいわけではありません。

超過時間は、発生した清算期間内で支払う。

不足時間は、原因と規程を確認する。

時間外労働、深夜労働、法定休日労働を区分する。

1か月を超える清算期間では、月ごとの週平均50時間も確認する。

勤怠システムと給与計算結果を突き合わせる。

これらができて初めて、フレックスタイム制を適正に運用できます。

「今月多く働いたから、来月休めばよい」

その処理は、社員にとって親切に見えるかもしれません。

しかし、賃金を支払わずに労働時間だけを翌月へ回していれば、未払い賃金の原因になります。

制度を導入したときの設定を信用するだけでなく、実際の勤怠データと給与明細を一度照合してみてください。

その10時間、本当に今月の給与で清算されていますか。

 
 
 

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