退職金制度がない会社でもできる――将来債務を抱えにくい企業型DCの始め方
杉山 晃浩
「社員のために退職金制度を作ってあげたい」
そう考えながらも、実際には何もできていない中小企業は少なくありません。
経営者に話を聞くと、退職金制度が必要ないと思っているわけではないのです。
むしろ、次のような不安を抱えています。
「今は払えても、10年後、20年後まで会社が続いているか分からない」
「社員が一斉に退職したら、まとまった資金を用意できない」
「退職金規程を作った後に、会社の業績が悪くなったらどうするのか」
「毎月の利益が安定していないので、退職金まで約束するのは怖い」
この不安は、経営者として当然です。
従業員の将来を考えることは大切ですが、会社が維持できない退職金を約束すれば、従業員を守るどころか、会社そのものを危険にさらしてしまいます。
だからといって、
「うちのような小さな会社には、退職金制度は無理だ」
と諦める必要もありません。
将来受け取る退職金額を会社が約束するのではなく、会社が現在負担できる掛金を毎月積み立てる方法があります。
それが、企業型確定拠出年金、いわゆる企業型DCです。
退職金制度を作れない会社の本当の不安
一般的な退職金制度では、例えば次のような支給基準を就業規則や退職金規程に定めます。
- 勤続10年で100万円
- 勤続20年で300万円
- 基本給に勤続年数別の支給率を掛ける
- 退職時の役職や等級に応じて金額を決める
このような制度では、社員が将来退職したときに支給する金額を、会社があらかじめ約束することになります。
しかし、退職金を支給するのは何年も先です。
その間に、会社を取り巻く環境は変わります。
原材料価格が上がるかもしれません。人件費や社会保険料が増えるかもしれません。得意先を失うこともあれば、経営者が交代することもあります。
社員が退職する時期に会社の資金が潤沢である保証はありません。
それでも、就業規則や退職金規程に支給条件が明確に書かれていれば、会社は原則として規程に従って退職金を支払う必要があります。
会社が長年かけて抱えることになる、この将来の支払義務が経営者の不安なのです。
企業型DCは「退職金額」ではなく「掛金額」を決める
企業型DCは、会社が将来の退職金額を約束する制度ではありません。
会社があらかじめ決めるのは、原則として毎月の掛金です。
その掛金が従業員一人ひとりの口座に積み立てられ、従業員本人が運用商品を選びます。将来受け取る金額は、積み立てられた掛金と運用結果によって決まります。
厚生労働省も、確定拠出年金について、拠出された掛金とその運用益の合計額をもとに将来の給付額が決まる制度と説明しています。
例えば、会社が「1人につき毎月3,000円を拠出する」と決めた場合、会社が負担する退職金原資は、基本的に毎月3,000円です。
将来、
「この社員には退職時に500万円必要になった。しかし、会社には300万円しか準備できていない」
という差額を、会社が埋める仕組みではありません。
この点が、将来の給付額を約束する退職金制度と大きく異なります。
「将来債務ゼロ」ではない点には注意が必要
ここで、誤解してはいけないことがあります。
企業型DCを導入すれば、会社の責任がすべてなくなるわけではありません。
会社は、企業型年金規約に基づいて掛金を拠出しなければなりません。また、次のような費用や実務も発生します。
- 制度導入時の費用
- 毎月または毎年の維持管理費
- 入社時の加入手続
- 掛金変更の手続
- 休職・復職時の確認
- 退職時の資格喪失手続
- 住所変更等の管理
- 従業員への制度説明
- 加入時および加入後の投資教育
企業型DCを実施する事業主には、加入者が適切に運用できるよう、必要な投資教育を行うことが求められています。導入時に一度説明会を開けば、会社の役割が終わるわけではありません。
したがって、「企業型DCなら会社負担がゼロになる」「導入後は何もしなくてよい」という説明は正確ではありません。
正しくは、次のように考えるべきでしょう。
企業型DCは、会社が将来の退職金額を保証する代わりに、現在負担できる掛金と制度維持費を計画的に負担する仕組みである。
だからこそ、将来の大きな支払義務を抱えることに不安がある中小企業でも、検討しやすいのです。
月3,000円からでも意味があるのか
経営者から、よく聞かれる質問があります。
「毎月3,000円程度では、退職金制度と呼べないのではありませんか」
確かに、月3,000円だけで十分な老後資金を用意できるとは限りません。
しかし、何も積み立てていない状態と、毎月3,000円を45年間積み立てる状態では、大きな違いがあります。
仮に、毎月3,000円を45年間、年6%で複利運用できたとすると、計算上は約830万円になります。
もちろん、年6%の運用を保証するものではありません。運用商品によっては元本割れする可能性もあり、手数料等も考慮する必要があります。
それでも、長期間積み立てることで、少額の掛金でもまとまった資産に育つ可能性があります。
さらに、会社が月3,000円を拠出し、従業員が希望する範囲で掛金を上乗せできる設計にすれば、従業員自身が老後資産を増やす選択肢を持てます。
最初から完璧な退職金を用意する必要はありません。
大切なのは、会社が無理なく継続できる金額から始めることです。
月1万円を約束して3年で制度を維持できなくなるより、月3,000円を20年、30年と続けられる方が、制度としては健全です。
会社負担型、A+B型、選択制中心型の違い
企業型DCの始め方は、一つではありません。
会社の資金力や制度を導入する目的によって、いくつかの考え方があります。
会社が掛金を負担する「会社負担型」
会社が従業員のために、毎月一定額の掛金を拠出する方式です。
例えば、対象となる従業員1人につき毎月3,000円を会社が負担します。
従業員10人なら、会社掛金は月3万円、年間36万円です。これに制度の維持管理費などが加わります。
会社が福利厚生として退職金原資を負担するため、従業員にも説明しやすい方式です。
一方、従業員数が増えれば、会社負担も増えます。現在の人数だけでなく、5年後、10年後の人数を想定して設計する必要があります。
会社負担と選択制を組み合わせる「A+B型」
会社が一定の掛金を負担し、さらに従業員が希望する場合には、自分で選択した金額を上乗せできるようにする考え方です。
会社が拠出する部分をA、従業員が選択できる部分をBと考えます。
会社は福利厚生として最低限の退職金原資を用意し、さらに資産形成を進めたい従業員には、追加の選択肢を提供できます。
会社と従業員が一緒に老後資産形成を進める方式です。
オフィススギヤマグループでは、このA+B型を基本的な選択肢としておすすめしています。
ただし、給与体系、ライフプラン手当、就業規則、社会保険などを一体で設計する必要があります。
会社の追加負担を抑える「選択制中心型」
現在の給与や今後の昇給原資などについて、給与として受け取るか、企業型DCの掛金として積み立てるかを従業員本人が選べるようにする方式です。
会社に大きな掛金負担を追加するのが難しい場合でも、従業員に企業型DCを利用できる機会を提供できます。
ただし、選択制企業型DCは、
「会社が従業員の給与を勝手に減額し、その分をDCへ回す制度」
ではありません。
給与体系の変更、労働条件への影響、従業員への説明、本人の選択、就業規則の変更などを慎重に進める必要があります。
社会保険料や税金への影響だけを強調して導入すると、従業員から「手取りを増やすと聞いていたのに、将来の社会保険給付まで変わるとは知らなかった」と言われる可能性もあります。
メリットだけでなく、注意点まで説明することが重要です。
掛金だけでなく維持管理費も計算する
企業型DCを検討する際に、1人当たりの掛金だけを見てはいけません。
例えば、対象者10人に月3,000円を拠出する場合、年間の会社掛金は36万円です。
さらに、仮に制度の維持管理費が月2万円なら、年間24万円が加わります。
会社の年間負担は、合計60万円です。
導入時に規程整備や初期設定の費用がかかれば、初年度負担はさらに大きくなります。
また、従業員が増えれば会社掛金も増えます。
制度設計では、少なくとも次の金額を確認してください。
- 初年度に必要な資金
- 通常年度の会社負担
- 5年間の累計負担
- 10年間の累計負担
- 従業員が増えた場合の負担
- 赤字年度でも維持できる金額
- 制度を管理するための費用
「1人月3,000円なら大丈夫」と思っていても、対象人数と維持管理費を含めると、予想より大きな金額になることがあります。
パートや契約社員をどうするか
企業型DCを設計するときは、誰を対象にするかも重要です。
正社員だけを対象にし、契約社員やパートタイマーを一律に対象外とすればよいとは限りません。
厚生年金保険の加入状況、労働時間、職務内容、雇用区分、制度の目的などを踏まえ、加入資格を合理的に設計する必要があります。
特に、令和8年10月以降は、パートタイム・有期雇用労働者の待遇差に関する説明や情報提供のルールも強化されます。
「正社員だから対象」
「パートだから対象外」
という名称だけの区分では、十分な説明にならない可能性があります。
企業型DCの加入資格と就業規則、正社員就業規則、契約社員就業規則、パートタイマー就業規則の内容を確認し、制度全体に矛盾がないようにしてください。
無料のスタート設計シートを用意しました
退職金制度がない会社が、企業型DCをどのように始めればよいかを整理できる無料シートを作成しました。
プレゼント名は、
です。
黄色いセルに次の内容を入力します。
- 現在の従業員数
- 制度の対象にしたい従業員・役員数
- 対象人数の増加見込み
- パート・契約社員の取扱い
- 会社が追加負担できる掛金
- 選択制に活用できる原資
- 制度導入時の一時費用
- 毎月の維持管理費
- 年間の福利厚生予算
- 制度用に確保できる現預金
入力内容に応じて、
- 会社負担型
- A+B型
- 選択制中心型
- 掛金原資を決める準備段階
のどれが候補になるかを表示します。
また、人数増加を含む5年間・10年間の会社負担を自動計算します。
就業規則、対象者、既存制度、投資教育、加入・退職手続などを確認する18項目の導入前チェックも付けています。
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退職金がないことより、何も始めないことが問題
退職金制度がない会社は、決して珍しくありません。
特に、小規模な会社では、利益や資金繰りが安定しないため、退職金を約束できない事情があります。
退職金制度がないこと自体を、必要以上に後ろめたく感じる必要はありません。
問題は、
「将来が不安だから、何もしない」
という状態を何年も続けることです。
毎月3,000円でも、5,000円でも、会社が無理なく続けられる金額から始める方法があります。
会社負担が難しければ、今後の昇給原資を活用する方法や、従業員本人が利用するかどうかを選べる仕組みも考えられます。
もちろん、企業型DCがすべての会社に適しているわけではありません。
中退共や建退共の方が適している会社もあれば、退職一時金と企業型DCを組み合わせた方がよい会社もあります。
大切なのは、最初から制度を決めつけないことです。
- 何のために退職金制度を作るのか
- 会社はいくらまで負担できるのか
- 誰を対象にするのか
- 何年間なら維持できるのか
- 従業員へどのように説明するのか
この順番で整理したうえで、会社に合う制度を選びましょう。
企業型DCの掛金、対象者、選択制の仕組み、就業規則について判断に迷う場合は、オフィススギヤマグループの30分無料相談をご利用ください。
オフィススギヤマグループでは、これまで100社を超える企業型DCの導入に関わってきました。
単に企業型DCを販売するのではなく、会社の資金力、給与体系、社会保険、就業規則、従業員構成を確認しながら、無理なく維持できる制度を一緒に考えます。
会社が将来の退職金額を背負うのではなく、現在できる範囲から、従業員の未来へ積み立てていく。
退職金制度がない会社だからこそ、企業型DCという始め方を検討してみてはいかがでしょうか。