会社で死亡保険に入れば安心?遺族への支払いを左右する「就業規則」の落とし穴
杉山 晃浩
「社員に万一のことがあったとき、その家族を会社として支えてあげたい」
このような思いから、社員を被保険者とする死亡保険を福利厚生として検討する会社があります。
社員が亡くなった場合に、死亡保険金を死亡退職金や弔慰金の原資として活用する仕組みです。
遺族保障を充実させられるだけでなく、保険の契約内容によっては、会社が支払う保険料の全部または一部を損金に算入できる場合もあります。
ただし、ここで注意が必要です。
死亡保険へ加入しただけでは、社員の遺族にお金が支払われる仕組みが完成したとはいえません。
特に、死亡保険金の受取人が会社になっている場合、保険会社から会社へ支払われたお金が、自動的に遺族のものになるわけではありません。
会社から遺族へ、
- 誰に
- いくら
- どのような名目で
- いつまでに
- どのような手続きで
支払うのかを決めておかなければならないのです。
その中心になるのが、就業規則と死亡退職金・弔慰金に関する規程です。
保険は入っている。
しかし、遺族へ支払う社内ルールがない。
この状態では、福利厚生どころか、社員が亡くなった後に遺族とのトラブルを生みかねません。
死亡保険を福利厚生にする目的を最初に決める
会社が死亡保険へ加入する目的は、一つではありません。
主な目的として、次のようなものがあります。
- 社員が死亡した場合の遺族保障
- 死亡退職金や弔慰金の原資
- 業務上死亡に対する上乗せ補償
- 役員や重要人物が死亡した場合の事業継続資金
- 採用・定着につながる福利厚生の充実
- 保険料を活用した財務・税務対策
これらは、似ているようで全く違います。
たとえば、社員の遺族保障が目的なら、会社が受け取った保険金を遺族へ支払うための規程が必要です。
一方、社長や重要な役員が亡くなったときの借入返済、売上減少、後継者育成などに備えるのであれば、死亡保険金を会社に残す必要があります。
一つの保険契約に、
「遺族保障」
「事業継続」
「節税」
「退職金準備」
という複数の目的を詰め込むと、何のための保険なのかがわからなくなります。
最初に目的を分け、それぞれに必要な保障額、受取人、支払方法、社内規程を決めることが重要です。
死亡保険金の受取人は誰になっているか
法人が契約する死亡保険では、一般的に次のような関係者が登場します。
- 契約者:保険契約を締結し、保険料を負担する会社
- 被保険者:保険の対象となる役員または社員
- 保険金受取人:死亡時に保険会社へ請求し、保険金を受け取る会社または遺族
保険金受取人が遺族であれば、原則として保険会社から遺族へ直接支払われます。
一方、保険金受取人が会社であれば、まず会社が死亡保険金を受け取ります。
その後、会社が就業規則や死亡退職金規程、弔慰金規程などに基づいて、遺族へお金を支払うことになります。
ここで誤解してはいけないのが、
「会社が1,000万円の保険金を受け取ったから、遺族へ1,000万円を渡さなければならない」
とは限らないことです。
反対に、
「会社が受取人だから、遺族には何も支払わなくてよい」
とも限りません。
遺族へ支払う義務と金額は、会社が定めた就業規則や退職金規程、労働契約、社内決定などによって判断されます。
だからこそ、保険契約と就業規則を別々に作ってはいけないのです。
「全額損金」という言葉だけで選んではいけない
法人保険の提案では、「保険料を損金にできます」という言葉が目立ちます。
しかし、死亡保険の保険料が全額損金になるとは限りません。
税務上の取扱いは、次のような条件によって変わります。
- 定期保険、養老保険、第三分野保険などの保険種類
- 保険契約を締結した日
- 契約者、被保険者、保険金受取人
- 保険期間と保険料払込期間
- 解約返戻金の有無
- 最高解約返戻率
- 一人当たりの年間保険料
- 全社員を対象としているか、特定の役員や社員だけか
現在の法人税の取扱いでは、解約返戻率が高い定期保険などについて、支払保険料の一部を資産として計上しなければならない場合があります。
つまり、会社からお金が出ていても、その全額をその年度の経費にできるとは限りません。
また、死亡保険金を会社が受け取った場合、原則として保険金と資産計上している保険料等との差額が法人の利益に影響します。
その一方で、会社が規程に基づいて遺族へ死亡退職金や弔慰金を支払えば、金額の相当性などを前提に、会社の損金として扱われる場合があります。
ただし、
「保険金を受け取ったから、同じ金額を死亡退職金として支払えば必ず相殺できる」
という単純な話ではありません。
保険金を受け取る時期と遺族へ支払う時期が決算期をまたぐこともあります。役員の死亡退職金であれば、金額の相当性や株主総会決議なども問題になります。
保険契約を決める前に、保険会社の設計書を税理士へ見せ、毎年の保険料、資産計上額、解約時、死亡時、遺族への支払時まで確認しておく必要があります。
国税庁も、定期保険等の保険料について、最高解約返戻率などに応じた取扱いを示しています。
なぜ就業規則がそれほど重要なのか
会社が社員の死亡時に一定の死亡退職金や弔慰金を支払う制度を設けた場合、その内容は労働条件の一部になる可能性があります。
常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則を作成し、労働基準監督署へ届け出なければなりません。
退職手当の制度を設ける場合には、適用される労働者の範囲、退職手当の決定・計算・支払方法、支払時期などが就業規則の記載事項になります。
死亡退職金も、社員の死亡による退職に伴って支給する退職手当として設計するのであれば、就業規則や退職金規程との整合が欠かせません。
「福利厚生だから、社長がその都度決めればよい」
では危険です。
支給実績や会社の説明、規程の内容によっては、遺族から支払いを請求される可能性があります。
反対に、就業規則へ「死亡時には保険金相当額を遺族へ支払う」と書けば、保険会社から保険金が支払われない事情があっても、会社に規程上の支払義務が残る可能性があります。
たとえば、保険契約の失効、加入漏れ、告知上の問題、免責事由などによって保険金が支払われなかったとしても、就業規則に定めた死亡退職金まで自動的に消えるわけではありません。
保険契約は、会社が給付の原資を確保するための手段です。
就業規則は、会社と社員の間で給付条件を定めるルールです。
この二つは関係していますが、同じものではありません。
就業規則には何を定めるべきか
死亡保障を福利厚生として制度化する場合、少なくとも次の事項を検討します。
制度の目的
遺族の生活保障なのか、死亡退職金なのか、弔慰金なのか、業務災害への上乗せ補償なのかを明確にします。
適用される社員の範囲
正社員だけか、パートや有期契約社員も含むのか、試用期間中、休職中、出向中の社員をどうするのかを定めます。
保険の加入対象者と就業規則の支給対象者が一致しているかも確認します。
支給事由
業務上死亡と業務外死亡を分けるのか、自殺、重大な不正行為、保険金の免責事由などをどのように扱うのかを検討します。
ただし、保険会社が保険金を支払わないことと、会社が死亡退職金を支払わなくてよいことは同じではありません。
支給額の計算方法
一律300万円などの定額方式、基本給の一定月数、勤続年数に応じた方式、通常の退職金へ一定額を上乗せする方式などがあります。
保険金額と同額を支払うのか、保険金額にかかわらず規程上の金額を支払うのかも明確にします。
受給権者の範囲と順位
配偶者、子、父母、祖父母、兄弟姉妹など、誰がどの順位で受け取るのかを定めます。
「遺族」や「相続人」とだけ書くと、内縁の配偶者、相続放棄した人、同順位者が複数いる場合などに判断が難しくなります。
民法上の相続人と、会社が定める給付の受取人は、必ずしも同じとは限りません。
支払時期と必要書類
死亡診断書、戸籍関係書類、受取人の本人確認書類、振込先など、支給に必要な書類と支払期限を決めます。
保険金が会社へ入金された後に支払うのか、規程上の期限までに会社資金で支払うのかも重要です。
他の給付との調整
通常の退職金、死亡退職金、弔慰金、労災保険、会社の法定補償、民事上の損害賠償、団体保険などとの関係を整理します。
「保険金を支払ったから、会社の安全配慮義務違反による損害賠償も終わり」ということにはなりません。
死亡退職金と弔慰金は分けて考える
死亡退職金と弔慰金は、遺族へ支払うという点では似ていますが、目的や税務上の取扱いが異なります。
死亡退職金は、亡くなった社員の勤務に基づいて支払われる退職手当です。
社員の死亡後3年以内に支給が確定した死亡退職金は、原則として相続税の対象となり、相続人が受け取る場合には、
500万円×法定相続人の数
を基本とする非課税限度額があります。
一方、弔慰金は、遺族へのお悔やみや生活支援を目的として支払うものです。
国税庁は、実質的に退職手当に当たらない弔慰金について、一般的な目安として、
- 業務上の死亡:死亡当時の普通給与の3年分
- 業務上以外の死亡:死亡当時の普通給与の半年分
までを弔慰金に相当する金額として示しています。
これを超える部分は、退職手当金等として相続税の対象になる場合があります。
ただし、「半年分までなら、どのような支払いでも自動的に非課税」という意味ではありません。
名称を弔慰金としていても、勤続年数や功労への対価として支払われるなど、実質的に死亡退職金と判断される可能性があります。
規程上も、死亡退職金と弔慰金の目的、計算方法、支給条件を分けておくことが大切です。
対象者を一部に限定するときも注意する
福利厚生として死亡保険へ加入するのであれば、誰を対象にするかという公平性も重要です。
全社員を対象にする制度であれば、福利厚生としての説明は比較的しやすいでしょう。
しかし、役員だけ、特定の幹部だけ、一部の社員だけを対象にする場合には、
- なぜその人だけが対象なのか
- 保険料が給与として扱われないか
- 役員報酬や役員退職金との関係はどうか
- 同一労働同一賃金の説明ができるか
- 就業規則上の対象範囲と一致しているか
などを確認する必要があります。
会社にとって重要な人物の死亡へ備える事業保障と、社員全体の福利厚生は、分けて設計したほうがわかりやすくなります。
保険契約と就業規則を同じ日に見直す
死亡保険を福利厚生として導入するときは、次の順序で進めることをおすすめします。
- 制度の目的を決める
- 対象者と必要保障額を決める
- 遺族へ支払う給付内容を設計する
- 就業規則、死亡退職金規程、弔慰金規程を整備する
- 規程に合う保険契約を比較する
- 税理士へ保険料・保険金・遺族支給の経理処理を確認する
- 労働者代表の意見聴取、労働基準監督署への届出、社員への周知を行う
- 加入者名簿と保険証券を定期的に照合する
保険を先に契約し、後から就業規則を合わせようとすると、保険金額、対象者、支給条件がうまく一致しないことがあります。
「保険に合わせて規程を作る」のではありません。
「会社が約束する福利厚生を決め、その約束を守るために保険を使う」という順番が基本です。
無料チェックシートで契約と規程のズレを確認してください
今回、死亡保険を会社の福利厚生として検討している経営者・人事担当者向けに、
をご用意しました。
次の6分野、30項目を確認できます。
- 導入目的・対象者
- 保険契約・経理処理
- 就業規則・支給規程
- 死亡時の支払実務
- 税務・相続・労務
- 運営・説明・見直し
回答すると、総合得点、達成率、分野別評価、未対応項目、優先して確認すべき内容が自動表示されます。
さらに、就業規則や死亡退職金規程へ定めたい主な事項も一覧にしています。
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死亡保険は、社員が元気な間は給付が発生しません。
そのため、契約後に就業規則や加入者名簿が放置されやすい制度です。
しかし、実際に社員が亡くなってから、
「誰へ払えばよいのかわからない」
「就業規則に金額が書かれていない」
「保険には加入していなかったが、規程上は支給対象だった」
「会社が受け取った保険金と遺族への支給額が違う」
と気づいても遅いのです。
死亡保険の価値は、保険金額の大きさでは決まりません。
社員に万一のことが起きたとき、会社が迷わず、迅速に、規程どおり遺族を支えられるかで決まります。
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