「9時始業」のはずが、実は8時45分から労働時間?社長が知らない“隠れ残業”の正体
杉山 晃浩
「うちの会社は9時始業です」
そう聞けば、多くの経営者は「社員の労働時間は9時から始まる」と考えるでしょう。
ところが、朝8時45分の会社の様子を見てみると、社員はすでに制服に着替え、パソコンを立ち上げ、メールを確認し、朝礼に参加している。
あるいは、店舗の掃除をしている。
工場の機械を動かす準備をしている。
今日使う道具を車に積み込んでいる。
そんな会社は珍しくありません。
ここで、一度立ち止まって考えていただきたいのです。
あなたの会社の「始業時刻」と、社員が実際に「仕事を始めている時刻」は、本当に同じでしょうか。
もし違っているとすれば、会社が「仕事ではない」と思っている時間の中に、法律上は労働時間として扱うべき時間が隠れているかもしれません。
私はこれを、経営者にわかりやすく説明するために「隠れ残業」と呼びたいと思います。
今回は、中小企業で見落とされやすい「本当の労働時間」について考えてみます。
「9時始業だから、9時前は仕事ではない」は本当か?
まず知っておきたいのは、労働時間かどうかは、就業規則に書かれた始業時刻だけで決まるわけではないということです。
厚生労働省のガイドラインでは、労働時間は、簡単に言えば社員が会社の指揮命令下に置かれている時間とされています。
さらに重要なのは、社長や上司が「やりなさい」と明確に命令した場合だけではないという点です。
会社からの「明示の指示」だけでなく、「黙示の指示」、つまり、直接言葉にはしていないものの、実際には会社がその行為を求めていると考えられる場合も、労働時間になる可能性があります。
たとえば、9時始業の会社で8時50分から毎朝朝礼をしているとしましょう。
社長は、
「朝礼に出席しろとは一度も言っていない」
と言うかもしれません。
しかし、社員全員が毎日参加している。
参加しないと上司から理由を聞かれる。
朝礼では当日の仕事の指示が出される。
そうした実態があれば、本当に「社員が勝手に参加している」と言えるでしょうか。
法律は、会社の看板に書かれた時刻だけを見るのではなく、実際に社員がどのような状態で働いているのかを見ます。
ここが、経営者にとって最初の注意点です。
朝礼、掃除、PC起動……「仕事と思っていない仕事」はありませんか?
中小企業の現場には、「昔から当たり前にやっていること」がたくさんあります。
たとえば、
始業前の朝礼。
社員全員で行う掃除。
制服や作業服への着替え。
パソコンの立ち上げ。
メールの確認。
店舗の開店準備。
工場の機械を動かすための準備。
工具や資材の積み込み。
反対に、終業後にもあります。
日報を書く。
道具を片付ける。
店舗を清掃する。
機械を停止して点検する。
翌日の準備をする。
これらについて、会社が業務上必要なものとして行わせているのであれば、「始業前だから」「終業後だから」という理由だけで労働時間から外すことはできません。
厚生労働省のガイドラインでも、会社の指示による業務に必要な準備行為や、業務終了後の清掃などの後始末は、一定の場合に労働時間として扱うことが示されています。厚生労働省の労働条件学習サイトでも、会議の準備や後片付け、制服の着替え、仕事終わりの清掃などについて、指揮命令下で行われるものであれば労働時間として考える必要があると説明されています。
問題なのは、経営者側に悪気がないケースが多いことです。
「昔からみんなやっているから」
「社員が自主的にやってくれているから」
「たった10分くらいだから」
こうした認識が積み重なって、知らないうちに未払い賃金の問題になっていることがあります。
「社員が自主的に早く来ているだけです」は通用するのか
ここは非常に難しいところです。
本当に社員が自分の都合で早く会社に来て、コーヒーを飲んだり新聞を読んだりしているだけなら、通常、それだけで労働時間になるわけではありません。
問題は、その時間に何をしているかです。
たとえば社員が、
「始業前に仕事を片付けておかないと9時からの業務に間に合わない」
「早く来て準備しないと上司から仕事が遅いと言われる」
「みんな掃除しているので、自分だけやらないわけにはいかない」
という状態だったらどうでしょう。
社長が「8時45分から仕事をしなさい」と言っていなくても、現場では実質的に早出が必要になっているかもしれません。
これが、先ほど触れた「黙示の指示」の問題です。
厚生労働省も、明確な命令がなくても、実際には社員が残業せざるを得ない状況を会社側が認識・容認している場合などについて、黙示的な指示として労働時間と評価され得ることを説明しています。
ですから経営者が確認すべきなのは、
「私は指示していない」
という自分の認識だけではありません。
現場では、社員がどう感じ、どう動いているのか。
そこを見る必要があります。
たった15分でも、1年間積み重なると話は変わる
「でも、せいぜい10分か15分でしょう?」
そう思う方もいるかもしれません。
そこで簡単に計算してみましょう。
仮に、毎日15分の「隠れ残業」があったとします。
月20日勤務なら、1人あたり月5時間です。
社員が10人いれば、会社全体では月50時間。
1年間では600時間になります。
もちろん、実際に未払い賃金がいくらになるかは、社員ごとの賃金額や割増率、実際の勤務状況によって異なります。
しかし、「たった15分」という感覚で長年放置していると、退職した社員から請求を受けたり、社員との信頼関係が悪化したりする原因になりかねません。
しかも、問題はお金だけではありません。
「会社は自分たちが働いている時間をきちんと見てくれていない」
社員がそう感じ始めることの方が、経営上は怖いこともあります。
小さな不満が積み重なり、
「どうせ言っても変わらない」
「この会社は社員を大切にしない」
という感情につながる。
それが離職や採用口コミに影響する可能性もあります。
人手不足の時代だからこそ、私は労働時間管理を単なる「法律を守るための作業」ではなく、社員との信頼関係をつくる経営課題として考えていただきたいと思っています。
「タイムカードを入れているから大丈夫」が危ない理由
「うちは勤怠システムを導入しています」
という会社も増えました。
しかし、システムがあることと、正しく労働時間を把握できていることは別問題です。
たとえば9時始業の会社で、
8時45分に出社
↓
制服に着替える
↓
掃除をする
↓
朝礼に参加
↓
9時にタイムカードを打刻
という運用になっていたらどうでしょう。
勤怠システムには「9時出勤」と記録されます。
しかし、実際には8時45分から会社が求める活動をしているかもしれません。
反対に退勤時も同じです。
18時にタイムカードを押す。
その後、日報を書く。
机を片付ける。
明日の準備をする。
これでは、勤怠記録と実際の働き方が一致していません。
厚生労働省は、使用者には社員の始業・終業時刻を確認し、記録する責務があるとしており、原則として、使用者による現認や、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間などの客観的な記録を基礎に把握することを求めています。
つまり大切なのは、
「タイムカードがあるか」ではなく、「タイムカードが実態を表しているか」
なのです。
15分・30分単位で残業を切り捨てていませんか?
もう一つ確認していただきたいことがあります。
勤怠システムの設定です。
たとえば、
「18時14分まで働いても18時退勤扱い」
「残業申請は30分単位」
という運用をしていないでしょうか。
厚生労働省・労働局は、1日ごとの労働時間について一定時間未満を一律に切り捨て、その分の賃金を支払わない運用は問題になると明確に注意喚起しています。始業前に制服への着替え、清掃、朝礼などを義務付けながら労働時間に含めないケースも、問題となる例として挙げています。
DX化のために勤怠システムを入れたのに、その設定そのものが未払い賃金を生む原因になっていた。
これは笑えない話です。
システムは、正しいルールを入れて初めて正しく動きます。
労働時間の考え方を理解しないままシステムだけ導入しても、労務管理の問題は解決しません。
まずは「就業規則」ではなく「現場」を見てください
この話をすると、
「では、就業規則を直した方がいいですか?」
と聞かれることがあります。
もちろん、就業規則の確認も重要です。
しかし、私はその前に見ていただきたいものがあります。
社員が実際に働いている現場です。
朝、社員は何時に来ていますか。
来てから最初に何をしていますか。
朝礼は何時に始まりますか。
誰が掃除をしていますか。
パソコンは何時に起動していますか。
制服への着替えはどこでしていますか。
退勤ボタンを押した後に仕事をしていませんか。
管理職は、部下の早出や残業を知りながら放置していませんか。
ここを一度確認してみてください。
会社が決めた「ルール」と、社員が実際に行っている「働き方」。
この2つが一致しているかを見るのです。
労務トラブルの多くは、規程がないことだけで起きるのではありません。
規程と現場がズレていることでも起こります。
あなたの会社にも「隠れ残業」はありませんか?
ここまで読んで、
「うちの会社は大丈夫かな?」
と思われた経営者、人事責任者の方もいらっしゃると思います。
そこで今回、会社の労働時間管理を簡単に確認できる
を作成しました。
始業前の朝礼や掃除、着替え、終業後の後片付け、待機時間、勤怠管理など、見落としやすい15項目をチェックできるようにしています。
回答を選ぶと自動で採点され、自社の状況を確認できます。
「問題が起きてから調べる」のではなく、「問題が起きる前に確認する」ために活用してください。
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問題は「15分の残業代」だけではありません
今回、一番お伝えしたかったのはここです。
問題は、
「朝の15分に残業代を払うか、払わないか」
だけではありません。
もっと大切なのは、
経営者が、自社の社員が実際にどのように働いているのかを把握できているか
ということです。
就業規則には9時始業と書いてある。
勤怠システムにも9時と記録されている。
だから問題ない。
そう思っていたとしても、社員は8時45分から仕事をしているかもしれません。
経営者が見ている「会社」と、社員が働いている「会社」。
その2つにズレが生じたとき、労務トラブルの芽が生まれます。
「昔からこうしているから」
「今まで誰からも文句を言われなかったから」
それが、これからも大丈夫という保証にはなりません。
一度、朝15分だけ早く会社に行ってみてください。
いつもより少し早く現場を見てみる。
社員が何をしているのかを見る。
もしかすると、そこに経営者が知らなかった「仕事」があるかもしれません。
労働時間管理の見直しは、残業代を増やすためにするものではありません。
無駄な仕事がないかを見直し、必要な仕事には正しく対価を払い、社員が納得して働ける会社をつくるために行うものだと私は考えています。
あなたの会社の「9時始業」。
本当に、仕事が始まるのは9時でしょうか。
まずはそこから、一度確認してみてはいかがでしょうか。