変形労働時間制を導入したのに残業代が増えた?失敗する会社に共通する5つの勘違い

杉山 晃浩

「変形労働時間制を導入すれば、残業代を減らせると聞いたのですが……」

ところが、実際に制度を導入してみると、

「以前より残業代が増えた」

「給与計算が複雑になった」

「勤務表を作る手間ばかり増えた」

「制度が正しく運用できているのか不安になってきた」

という会社があります。

変形労働時間制は、一定の要件を満たすことで、特定の日に1日8時間、特定の週に週40時間を超える所定労働時間を設定できる制度です。

たとえば、忙しい日は10時間勤務、比較的暇な日は6時間勤務とするなど、仕事の繁閑に合わせて労働時間を計画的に配分できます。一定期間を平均して、1週間当たりの労働時間を法定労働時間内に収めることが基本です。

しかし、この制度は**「導入すれば自動的に残業代が減る仕組み」ではありません。**

制度の選び方、勤務表の作り方、残業時間の計算、勤怠システムの設定、現場での運用。

このどこか一つでも間違えると、残業代は減るどころか、かえって増えることがあります。

今回は、変形労働時間制の導入に失敗する会社に共通する「5つの勘違い」について、経営者向けにわかりやすく解説します。


勘違い①「導入すれば自動的に残業代が減る」

最も多い勘違いは、

「変形労働時間制は残業代を減らすための制度だ」

という考え方です。

変形労働時間制の本来の目的は、繁忙期と閑散期に合わせて労働時間を配分し、業務を効率化するとともに、全体として労働時間の短縮を図ることです。厚生労働省も、一定期間を平均して週40時間以内となるよう、特定の日や週の労働時間を弾力的に設定する制度として案内しています。

たとえば、月末だけ忙しい会社であれば、

月初は1日7時間勤務。

月末は1日9時間勤務。

という配分が考えられます。

季節による繁閑が大きい会社であれば、

繁忙期は勤務日を増やす。

閑散期は休日を増やす。

という年間設計も考えられます。

しかし、一年中忙しい会社が変形労働時間制を導入しても、短く働ける日や週がなければ、労働時間を配分する余地がありません。

繁忙期だけ勤務時間を長くし、閑散期にも通常どおり働かせていれば、単に総労働時間が増えるだけです。

つまり、

「一年の中で忙しい時期がある会社」

と、

「一年中ずっと忙しい会社」

は違います。

一年中忙しい原因が人手不足、過剰受注、業務の非効率にあるなら、労働時間制度を変えるだけでは解決しません。

採用、人員配置、業務改善、受注管理などを見直す必要があります。

変形労働時間制を入れた結果、残業代が増えたのであれば、まず確認すべきは計算方法ではなく、

そもそも自社にこの制度が合っていたのか

という点です。


勘違い②「変形制ならシフトを後から自由に変えられる」

変形労働時間制を導入した会社でよく起きるのが、勤務表の後変更です。

たとえば、当初は8時間勤務だった日。

ところが、急に仕事が増えたため、実際には10時間働かせた。

その後、勤務表を10時間勤務に書き換え、

「予定10時間、実績10時間だから残業なし」

と処理する。

これは非常に危険な運用です。

特に1年単位の変形労働時間制では、対象期間の労働日と各労働日の労働時間を前もって定めることが要件とされています。

厚生労働省のガイドラインでも、1年単位の変形労働時間制は計画的な時間管理が可能な業務を対象とするものであり、会社が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような業務には適さないとされています。

変形労働時間制は、

実際に働いた時間に合わせて、後から勤務予定を書き換える制度ではありません。

もちろん、会社を経営していれば予定変更はあります。

急な受注。

社員の欠勤。

天候や災害。

取引先の都合。

こうした事情で勤務を変更しなければならないことはあるでしょう。

しかし、

「勤務を変更すること」

と、

「残業が発生したあとに所定労働時間を変更して、残業をなかったことにすること」

は別です。

勤務変更を行う場合には、

  • 変更前の勤務予定
  • 変更後の勤務予定
  • 変更日
  • 変更理由
  • 承認者
  • 社員への通知日

を記録しておくことが大切です。

変更前の勤務表を上書きして消してしまうと、後から残業計算の正しさを説明できなくなります。

残業代が増えた原因が、シフト変更そのものではなく、

これまで正しく計上していなかった残業が見えるようになった結果

という可能性もあります。


勘違い③「1日8時間を超えても全部残業にはならない」

変形労働時間制では、適法に10時間勤務と定めた日に10時間働いても、その10時間までが直ちに法定時間外労働になるとは限りません。

しかし、

「変形制なら1日8時間を超えても残業にならない」

と一律に考えるのは間違いです。

たとえば、10時間勤務と定めた日に11時間働けば、所定の10時間を超えた1時間について、時間外労働となる可能性があります。

一方、8時間勤務と定めた日に9時間働けば、8時間を超えた1時間について確認が必要です。

さらに、1年単位の変形労働時間制では、時間外労働を大きく次の3段階で確認します。

  1. 1日単位
  2. 1週間単位
  3. 対象期間全体

厚生労働省は、1日については8時間を超える所定時間を定めた日はその所定時間、それ以外の日は8時間を超えた部分を確認し、週についても同様に、40時間または事前に定めた時間を超えた部分を確認すると説明しています。

さらに、対象期間全体の法定労働時間の総枠を超えた時間も、日・週で既に時間外として扱った時間を除いて確認する必要があります。

つまり、

「毎日、予定どおりの時間内だったから残業なし」

とは限りません。

日単位では残業がなくても、週単位で発生することがあります。

日・週では問題がなくても、対象期間全体の総枠を超えることもあります。

また、法定休日労働や深夜労働は、時間外労働とは分けて確認しなければなりません。

時間外・深夜労働には25%以上、法定休日労働には35%以上の割増賃金が必要です。月60時間を超える時間外労働については、中小企業も2023年4月以降、50%以上の割増率が適用されています。

残業時間を正しく計算した結果、割増賃金が以前より増えたのであれば、それは制度の失敗ではなく、

これまでの計算が不足していた可能性

もあります。


勘違い④「勤怠システムが自動で正しく計算してくれる」

最近は、クラウド型の勤怠管理システムを導入する会社が増えました。

社員がスマートフォンで打刻する。

勤務実績が自動集計される。

給与計算システムへデータが連携される。

非常に便利です。

しかし、勤怠システムは、会社の制度を自動的に理解してくれるわけではありません。

システムは、入力された設定どおりに計算します。

たとえば、

  • 1か月単位か1年単位か
  • 対象期間はいつからいつまでか
  • 各日の所定労働時間は何時間か
  • 各週の起算日はいつか
  • 法定休日は何曜日か
  • シフト変更前のデータを残すか
  • 深夜時間帯をどう判定するか

これらの設定が誤っていれば、システムは誤った残業時間を正確に計算し続けます。

特に危険なのが、勤務表を後から変更した場合です。

当初8時間勤務。

実績10時間勤務。

その後、勤務予定を10時間に変更。

すると、システム上は、

予定10時間。

実績10時間。

残業ゼロ。

と表示されることがあります。

システムが間違えたのではありません。

会社が入力した勤務予定を基準に、正しく計算しただけです。

だからこそ、

勤怠システムを入れた=労務管理が正しくなった

とは限りません。

変形労働時間制を導入している会社は、少なくとも複数の勤務パターンについて、

  • 手計算した結果
  • 勤怠システムの結果
  • 給与計算システムの結果

を照合する必要があります。

残業代が増えたのは、システムが余計に計算したのではなく、

正しい設定に変えたことで、本来の残業が計上されるようになった

というケースもあるでしょう。


勘違い⑤「制度を作れば現場はそのとおり運用する」

就業規則を変更した。

労使協定も作った。

勤務カレンダーも作成した。

労働基準監督署への届出も済ませた。

これで変形労働時間制の導入は完了したと思っていないでしょうか。

実は、本当に難しいのはここからです。

勤務表を作るのは現場の管理職。

残業を指示するのも管理職。

勤務変更を承認するのも管理職。

給与計算を行うのは人事や経理担当者。

それぞれが制度を理解していなければ、書類上は正しくても、実際の運用は崩れてしまいます。

たとえば管理職が、

「変形制だから10時間まで残業ではない」

「今週長く働かせても、来週短くすれば相殺できる」

「忙しい日は勤務表を後から変えればよい」

と考えていたらどうでしょう。

制度設計が正しくても、現場の判断によって未払い残業が生じる可能性があります。

また、給与計算担当者だけが制度を理解していても不十分です。

シフト作成者と給与担当者が別々に動いていると、

勤務表の変更が給与担当者へ伝わらない。

変更理由がわからない。

当初の勤務時間が確認できない。

ということが起こります。

変形労働時間制を運用するなら、

  • 経営者
  • 人事担当者
  • 給与計算担当者
  • シフト作成者
  • 現場管理職

が、共通のルールを理解する必要があります。

そして、少なくとも年1回程度は、

  • 就業規則・労使協定
  • 勤務カレンダー
  • 実際の勤怠記録
  • 残業計算
  • 勤怠・給与システムの設定

が一致しているかを点検した方がよいでしょう。

変形労働時間制は、作って終わりの制度ではありません。

運用し続ける制度です。


残業代が増えたからといって、制度が悪いとは限りません

変形労働時間制を導入したあとに残業代が増えた場合、すぐに、

「この制度は失敗だった」

と判断するのは早いかもしれません。

残業代が増えた理由には、いくつかの可能性があります。

一つ目は、制度が会社の繁閑に合っておらず、労働時間そのものが増えたケース。

二つ目は、シフト変更が多く、時間外労働が増えたケース。

三つ目は、残業計算を正しく行うようになり、以前は見えていなかった残業が計上されたケース。

四つ目は、勤怠システムの設定変更によって、正しい割増賃金が出るようになったケース。

五つ目は、社員や管理職が制度を理解しておらず、予定どおりの勤務ができていないケース。

つまり、見るべきなのは残業代の金額だけではありません。

なぜ増えたのか。

原因を分けて考える必要があります。

制度導入後は、少なくとも次の数字を導入前と比較してください。

  • 総労働時間
  • 時間外労働時間
  • 休日労働時間
  • 深夜労働時間
  • 残業代
  • シフト変更回数
  • 休日出勤回数
  • 社員一人当たりの労働時間

これらを見ずに、

「残業代が増えたから失敗」

「残業代が減ったから成功」

と判断するのは危険です。

残業代が減っていても、計算漏れによるものなら成功ではありません。

反対に、残業代が増えていても、正しく支払えるようになった結果であれば、労務管理は改善しています。


あなたの会社の失敗原因を診断してみませんか?

ここまで読んで、

「制度は導入したけれど、自社に合っているか確認していない」

「後からシフトを変更することがある」

「残業計算はシステム任せになっている」

「管理職へ十分な説明をしていない」

と感じた方もいらっしゃると思います。

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成功する会社は「残業代」ではなく「働き方」を見ています

変形労働時間制を導入する際、経営者が気になるのは残業代でしょう。

当然のことです。

人件費は会社経営に大きな影響を与えます。

しかし、残業代を減らすことだけを目的に制度を選ぶと、本質を見失います。

大切なのは、

忙しい時期に必要な人員を確保できるか。

暇な時期に社員を早く帰せるか。

無駄な待ち時間を減らせるか。

社員が予定を立てやすい勤務表を作れるか。

管理職が正しく運用できるか。

働いた時間に対して、正しい賃金を支払えるか。

ということです。

変形労働時間制が会社に合っていれば、業務の繁閑に合わせた働き方ができ、結果として無駄な残業が減る可能性があります。

しかし、会社に合っていなければ、勤務表は崩れ、シフト変更が増え、給与計算が複雑になり、残業代も増えます。

制度を導入したのに残業代が増えた。

そのときに必要なのは、残業代を無理に減らすことではありません。

どこで制度が崩れているのかを見つけることです。

制度が悪いのか。

勤務計画が悪いのか。

シフト変更が多いのか。

計算が間違っているのか。

システム設定が違うのか。

現場が理解していないのか。

原因を正しく見つければ、改善すべき場所も見えてきます。

変形労働時間制は、入れれば成功する制度ではありません。

会社の実態に合わせて設計し、全員で正しく運用して、初めて効果が出る制度です。

残業代が増えたことを失敗と決めつける前に、まず5つの勘違いが自社にないかを確認してみてはいかがでしょうか。

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